「『常に新しいもの』を追い求める思い込みを問い直し、使い慣れたものに見出す新しい豊かさ
はじめに
私たちの周りには、常に新しい情報や新しい製品があふれています。スマートフォン、家電製品、洋服、車に至るまで、「最新」であることが一つの価値基準とされ、私たちは無意識のうちに新しいものを求めるように促されているのかもしれません。古いものはすぐに陳腐化し、価値が低いものと見なされがちな風潮もあります。
しかし、「常に新しいもの」を追い求めることが、私たちに真の豊かさをもたらすのでしょうか。今回は、「新しい=良いもの」という私たちの内にあるかもしれない思い込みを問い直し、使い慣れたものや長く使っているものの中にこそ宿る、新しい豊かさの基準について考えてみたいと思います。
「新しいもの=良いもの」という思い込み
なぜ私たちは新しいものを求める傾向があるのでしょう。一つには、新しいものには進歩や効率、便利さといったメリットがあるという認識があるからです。技術の進化によって、私たちの生活はより快適になる側面もあることは確かです。また、新しいものを持つことで得られる高揚感や、周囲からどう見られるかといった社会的な側面も影響しているかもしれません。
このような「新しいものへの希求」は、裏を返せば「古いものは価値が低い」「使い続けているものは貧しい」といった「少ない=貧しい」という思い込みに繋がる可能性も秘めています。まだ使えるものを買い替えたり、手入れをせずにすぐに捨ててしまったりすることは、物質的な「少ない」状態を避ける行動であるとも言えます。
しかし、本当に新しいものだけが私たちに豊かさをもたらすのでしょうか。この視点から離れて、少し立ち止まって考えてみる価値があるのではないでしょうか。
使い慣れたものに宿る独自の価値
私たちの身の回りにある、長く使っているものに目を向けてみましょう。それは、手に馴染んだカップかもしれませんし、傷はついていても使い勝手の良い家具かもしれません。あるいは、何度も読み返した本や、特定の思い出が詰まった小物かもしれません。
これらの使い慣れたものには、新しいものにはない独自の価値が宿っています。
歴史と記憶
使い慣れたものは、私たちと共に時を重ねてきました。そこには、使ってきた時間そのものが刻まれています。そのモノを使っていた時の出来事、感じていた気持ち、関わった人々など、個人的な歴史や記憶と深く結びついています。モノは単なる機能を持つ物体ではなく、私たちの人生の伴走者として、物語を宿しているのです。
手に馴染む感覚と愛着
長く使ううちに、モノは私たちの使い方に合わせて変化します。持ち手が滑らかになったり、特定の場所に傷がついたり。それは、まさに「自分仕様」になったということです。手に取るたびに感じる心地よさや、長年の付き合いから生まれる愛着は、簡単に手に入る新しいものからは得られない特別な感覚です。
手入れする時間と向き合うこと
使い慣れたものを大切に使うということは、手入れをすることと繋がります。少しの汚れを拭いたり、壊れた部分を直したり。この手入れの時間は、モノと静かに向き合う時間でもあります。そこには、効率や生産性とは異なる、ゆったりとした時間の流れがあります。手間をかけるからこそ感じられる、モノへの感謝や充足感があるのです。
新しい豊かさの基準とは
このように考えていくと、豊かさの基準は、モノが新しいか古いか、量が多いか少ないかといった表面的なことだけではないことが見えてきます。新しい豊かさとは、もしかすると、モノとの関係性の中に見出すものではないでしょうか。
使い慣れたものを大切に使い続けることは、単にモノを節約するというレベルを超え、そのモノが持つ物語や、手入れをするという行為の中に静かな喜びを見出すことです。それは、外からの刺激や評価に依存するのではなく、自分の内側から湧き上がる満足感に繋がります。
モノを大切に長く使うことは、結果として所有するモノの量を「少なく」することにも繋がるかもしれません。しかしそれは、貧しさではなく、一つひとつのモノとの関係性を深め、心を満たす選択です。
思考実験:あなたの使い慣れたものに意識を向けてみる
あなたの身の回りにある、一番長く使っているものは何でしょうか。そのモノについて、少し考えてみてください。
- いつ頃から使っていますか。
- どのような時に使ってきましたか。
- そのモノにまつわる思い出はありますか。
- なぜ、今も使い続けているのでしょうか。
- そのモノを手に取ると、どのような気持ちになりますか。
きっと、たくさんの物語や感情がそこにあることに気づかれるでしょう。それは、最新の機能を持ったピカピカの新しいモノからは決して得られない、あなただけの、かけがえのない豊かさなのかもしれません。
終わりに
「常に新しいもの」を追い求めることが当たり前とされている現代において、使い慣れたものや長く愛用しているものに意識的に目を向けることは、新しい豊かさを見つけるための一つの思考実験となります。
モノの価値を、その新しさや機能だけで測るのではなく、そこに宿る歴史、愛着、そして手入れをする時間といった、目には見えないけれども確かに感じられるものに見出すこと。それは、「少ないこと」の中にも、深い充足や静かな喜びがあることを教えてくれるでしょう。
あなたの「使い慣れたもの」は、あなたにとってどのような豊かさを運んでくれますか。その問いと共に、あなたの周りにある大切なものたちに、改めて目を向けてみてはいかがでしょうか。