「多趣味であること」を問い直し、限られた関心事を深く味わう時間に見出す新しい豊かさ
「多趣味であること」がもたらす豊かさとは
私たちの社会では、多くの趣味を持っている人がしばしば「豊か」であると見なされる傾向があります。様々な活動に積極的に関わり、幅広い知識や経験を持つことは、確かに人生に彩りを与え、多様な人との繋がりをもたらす源泉となるでしょう。休日ごとに異なる場所へ出かけたり、複数の習い事を掛け持ちしたりする様子は、エネルギッシュで充実しているように映るかもしれません。
しかし、この「多ければ多いほど良い」という基準は、本当に豊かさの本質を捉えているのでしょうか。もし、たくさんの趣味を持つことが、常に私たちの心を豊かにするわけではないとしたら、私たちは何を手がかりに新しい豊かさを見つければ良いのでしょうか。今回は、「多趣味であること」という、一見当たり前のように良いこととされている価値観を問い直し、異なる視点から「豊かさ」のあり方を探求してみたいと思います。
「多さ」がもたらす見えないコスト
多くの趣味や関心事を持つことは、確かに刺激的です。新しい世界を知り、自分の可能性を広げる機会にもなります。しかし、それは同時に、私たちの限りある時間、エネルギー、そして経済的な資源を分散させることでもあります。
様々な活動に浅く広く関わることは、一つ一つにじっくりと向き合う時間を奪う可能性があります。例えば、複数の習い事をしていると、それぞれの練習時間や準備に追われ、一つに深く没頭する余裕がなくなるかもしれません。情報収集にしても、興味の対象が多すぎると、次から次へと新しい情報に目を奪われ、一つのテーマについて深く考える時間が持てないといったことも起こり得ます。
「多趣味であること」を維持しようとするあまり、それぞれの趣味が表面的なものに留まってしまったり、「これをこなさなければ」という義務感に変わってしまったりすることもあるのではないでしょうか。外から見て「活動的で素晴らしい」と思われる状態と、内面の充実感が一致しているとは限らないのです。私たちは知らず知らずのうちに、「多くのことをこなしている自分」を演じ、その「多さ」がもたらす見えないコストに疲弊しているのかもしれません。
限られた関心事を「深く味わう」豊かさ
ここで、視点を変えて「少ない関心事」に意識を向けてみるのはどうでしょうか。例えば、たった一つの趣味、あるいはごく限られた数に関心事を絞り、それにじっくりと時間やエネルギーを注いでみるのです。
特定の分野を探求することで、私たちはその世界の奥深さに触れることができます。それは、単に表面的な知識を得るだけでなく、技術を磨き、感覚を研ぎ澄まし、あるいは歴史や哲学といった背景まで深く理解することに繋がるかもしれません。例えば、一つの楽器を長く続けることで、音色に対する繊細な感覚が養われたり、演奏を通して自己の内面と向き合う時間が生まれたりします。植物を育てることで、季節の移ろいを感じ、生命の神秘に触れることができるでしょう。
一つのことを深く掘り下げるプロセスは、集中力や忍耐力を育み、困難を乗り越えた時の達成感は何物にも代えがたいものです。また、同じ対象に深い関心を持つ人々との出会いは、表面的な交流とは異なる、心からの繋がりを生み出す可能性があります。
「少ない」からこそ見えてくるもの
関心事を「少なくする」ということは、それ以外のたくさんの選択肢を「手放す」ということです。これは一見、「失うこと」のように感じられるかもしれません。しかし、その手放しによって生まれた心の余白や時間の余裕が、一つのことに深く集中することを可能にし、新たな豊かさを見出すきっかけとなることがあります。
限られた世界を深く味わう中で、私たちは今まで気づかなかった細部に目を向けたり、当たり前だと思っていたことの中に驚きや感動を見出したりします。それは、量的な豊かさとは異なる、質的な豊かさと言えるでしょう。
人生の後半において、時間やエネルギーの使い方を意識することは、より重要になってくるかもしれません。多くのことに手を広げるよりも、自分が心から大切にしたいと思ういくつかの関心事に深く向き合う時間を持つことが、心の充足感に繋がるのではないでしょうか。
思考実験:あなたの「深く味わいたい」ものは何ですか
「多趣味であること」が必ずしも「豊か」であるとは限らないという視点から、今回は「少ない関心事」を深く味わうことの可能性について考えてみました。
これは、全ての趣味を捨てるべきだとか、多趣味であることが悪いと言っているわけではありません。そうではなく、「多ければ豊か」という無意識の思い込みから一度離れて、自分にとって本当に価値のある時間の使い方とは何か、心の充足は何によってもたらされるのかを、改めて問い直すための思考実験です。
あなたにとって、時間をかけても惜しくないと思える関心事は何でしょうか。もし、今たくさんのことに追われていると感じるなら、少し立ち止まって、本当に「深く味わいたい」ものは何なのかを自問自答してみる時間を持つのも良いかもしれません。その問いかけの先に、あなた自身の新しい豊かさの基準が見つかる可能性があるのです。