「目に見える成果」が少ない状態を問い直し、見つけ出す新しい豊かさ
「成果」というものに対する私たちの価値観
私たちは長い人生の中で、「成果を出すこと」に大きな価値を見出すよう教えられ、また実践してきたのではないでしょうか。仕事での昇進や契約の獲得、資格の取得、あるいは家庭生活における子育ての成功や経済的な安定など、様々な場面で「目に見える成果」を追い求めてきたかもしれません。そして、それらの成果が多ければ多いほど、私たちは「豊かである」「価値がある」と感じる傾向があるように思われます。
しかし、人生の段階が進むにつれて、以前のように目に見える成果を精力的に追い求めることが難しくなったり、あるいはそもそもそうした成果に対する意欲自体が薄れてきたりすることがあります。体力的な変化、社会的な役割の変化、あるいは単に価値観の移行など、その理由は様々です。
そのような時に、「目に見える成果が少ない自分は、価値がなくなったのではないか」「以前と比べて貧しくなったのではないか」という思い込みに囚われてしまうことがあります。これは、「多い＝豊か、少ない＝貧しい」という、私たちが無意識のうちに抱いている基準が表面化する瞬間かもしれません。
ここで一度立ち止まり、考えてみたいのです。「目に見える成果が少ない状態」は、本当に「貧しい」ことなのでしょうか。あるいは、そこに別の種類の豊かさを見出すことはできないでしょうか。これは、「少ない＝貧しい」という思い込みを捨て、新しい豊かさの基準を見つけるための、一つの思考実験です。
目に見える成果と、そうではないもの
私たちが「目に見える成果」として認識しやすいものは、往々にして数値化できたり、他者と比べて優劣をつけやすかったりするものです。例えば、年収、肩書き、所有物の量、達成した目標の数などです。これらは、社会的な評価や競争の中で、自分自身の立ち位置を確認するために役立つ側面も確かにあります。
しかし、私たちの人生や日々の暮らしを形作っているものは、そうした目に見える成果だけではありません。むしろ、目には見えにくい、あるいは他者には伝わりにくいものが、私たちの内面や生活の質に深く関わっているのではないでしょうか。
例えば、以下のようなものは、必ずしも「目に見える成果」とは言えないかもしれません。
- 家族や友人との何気ない、心温まる時間
- 日々の小さな出来事に対する感謝の気持ち
- 自分自身の内面と向き合い、気づきを得ること
- 穏やかな心で、ただ静かに過ごす時間
- 誰かに見返りを求めずに行った小さな親切
- 美しい景色や音楽に触れて感動すること
- 自身の経験から培われた知恵や洞察
- 特定の分野への深い理解や探求心
- 心身の健康を保つための日々の習慣
これらは、外部からの評価を受けたり、他者と比較したりすることは難しいかもしれません。しかし、これらの積み重ねこそが、私たちの人生を彩り、内側から深い満足感や充足感をもたらすことがあるのではないでしょうか。
「少ない成果」の中に見出す豊かさの可能性
もし、あなたが今、かつてのように目に見える成果を多く生み出す状況にないとしても、それは「豊かさが失われた」ということではないかもしれません。むしろ、「豊かさの焦点が、目に見えるものから、目に見えないものへと移った」と捉え直すことはできないでしょうか。
「目に見える成果が少ない状態」を、単なる「不足」や「衰退」としてではなく、新しい種類の豊かさを発見するための「余白」や「機会」として見てみる思考実験をしてみましょう。
- かつて成果を追い求めるために費やしていた時間やエネルギーが、今は何に使われているでしょうか。それは、以前は気づけなかった、あるいは大切にできなかった、何か別の価値あるものに使われているかもしれません。
- 競争や評価のプレッシャーから解放されたことで、より純粋な好奇心や喜びから行動できるようになるかもしれません。そこから生まれるものは、たとえ小さくても、あなたにとってかけがえのない「成果」と呼べるのではないでしょうか。
- 目に見える成果が少ないことで、他者との比較から距離を置くことができるかもしれません。そして、自分自身の内側の声に耳を澄ませ、自分にとって本当に大切なものを見極める静かな時間を持つことができるでしょう。
豊かさの基準を、どれだけ多くを達成したか、どれだけ高く評価されたか、という外側の尺度から、どれだけ心が満たされているか、どれだけ穏やかな気持ちでいられるか、どれだけ大切な人との繋がりを感じられるか、という内側の尺度へとシフトさせてみるのです。
新しい豊かさの基準を育む
「目に見える成果が少ない状態」は、決して「貧しさ」を意味するものではありません。それは、私たちが「豊かさ」という言葉にどのような意味を持たせているのかを問い直す、貴重な機会となり得ます。
もし、あなたが今、かつてのような目に見える成果が得られない状況にあるとしても、自分を責めたり、価値がないと感じたりする必要はありません。むしろ、その状況を静かに受け止め、あなたの周りや内面にある、目には見えない豊かなものに意識を向けてみてください。
それは、淹れたてのコーヒーの香りかもしれません。 窓辺で日向ぼっこをする猫の姿かもしれません。 読みたかった本を開く時間かもしれません。 遠く離れた家族の声を聞くことかもしれません。 誰かに「ありがとう」と伝えた、あるいは言われた瞬間かもしれません。
こうした小さな光は、日々の暮らしの中に散りばめられています。そして、それら一つ一つを大切に拾い上げていくことが、新しい種類の豊かさを育むことにつながるのではないでしょうか。
豊かさの基準は、誰かから与えられるものではなく、自分自身で見つけ、育んでいくものです。「目に見える成果」という一つの尺度が手放された時、あなたの人生には、これまで気づかなかった、様々な形の豊かさが姿を現すかもしれません。あなたの新しい豊かさの基準は、どのようなものでしょうか。この機会に、ぜひ静かに思考を巡らせてみてください。