「できないこと」が増える中で見えてくる、新しい豊かさの基準
人生の変化と共に増える「できないこと」
私たちは皆、人生という旅の途上にいます。その道のりにおいて、私たち自身の心身やを取り巻く環境は常に変化し続けています。特に、人生の後半に差し掛かるにつれて、以前はごく自然にできていたことが、少しずつ難しくなったり、あるいはまったくできなくなったりすることが増えてくるかもしれません。例えば、重い荷物を持つこと、長距離を歩くこと、細かい文字を読むこと、あるいは複数のタスクを同時にこなすといった、日常のささやかな行動から、かつて情熱を傾けた趣味や仕事に関わることまで、その範囲は多岐にわたるでしょう。
このような変化を前にした時、「失ってしまった」「もうできなくなった」という感覚が先に立つのは、ある意味自然なことです。私たちはしばしば、「できること」の多さや広がりを豊かさと結びつけて考えがちです。「できないこと」が増えることは、自分自身が「貧しく」なった、あるいは価値が「減った」かのように感じてしまうかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか。この「できないこと」が増えるという現象の中に、別の角度からの豊かさを見出すことはできないでしょうか。
「できないこと」が教えてくれること
「できないこと」が増えるという現実は、私たちにいくつかの大切な示唆を与えてくれます。まず、それは私たち自身の心身の自然な変化を受け入れる機会となります。かつてのような無理がきかなくなったことを認め、自身の「限界」を知ることは、無謀な挑戦や過度な焦りを手放すきっかけになります。これにより、不必要なプレッシャーから解放され、より穏やかな心の状態へと向かうことができるかもしれません。
また、「できること」が限られてくることで、私たちは自分が本当に大切にしていること、あるいは本当に集中したいことへと意識を向けやすくなります。多くのことをこなせた頃は、様々な可能性に手を広げすぎて、一つ一つの深みに欠けていたかもしれません。しかし、「できないこと」が増え、自然と選択肢が絞られることで、限られた「できること」に時間やエネルギーを集中させることが可能になります。これは、量的な多さとは異なる、質的な深みや充実感へと繋がる新しい豊かさの形です。
さらに、「できないこと」を認めることは、他者との新しい関係性を築く扉を開きます。一人で全てをこなそうとするのではなく、時には誰かの助けを借りたり、あるいは誰かと協力したりすることで、それまで気づかなかった人との繋がりの温かさや、共同で何かを成し遂げる喜びを発見することがあります。これは、自立だけを是とする価値観から一歩進み、相互依存の中に生まれる新しい豊かさの基準と言えるでしょう。
「少ない」からこそ見つかる豊かさ
「できないこと」が増えるという「少なさ」は、私たちに多くのことを手放す機会を与えてくれます。それは、物理的なモノであったり、抱え込みすぎていた役割であったり、あるいは過去の栄光への執着であったりするかもしれません。手放すことで生まれる「空白」は、一見すると喪失のように感じられますが、実は新しい何かを受け入れるための余白となり得ます。
例えば、以前のようにアクティブに外出できなくなったとしても、自宅で静かに過ごす時間が増えることで、読書や手芸といった落ち着いた趣味に没頭したり、家族や親しい友人とじっくり語り合う時間を持ったりすることができるでしょう。これは、外向きの活動的な豊かさとは異なる、内向きの静かで深い豊かさです。また、体力的な制限から遠出が難しくなっても、近所の散歩コースで季節の移り変わりを五感で感じ取ったり、普段見過ごしていた小さな自然の美しさに気づいたりするかもしれません。これは、特別な体験を追い求めるのではなく、日常の中に潜むささやかな喜びを発見する新しい視点です。
「できないこと」が増える人生の段階は、私たちにとって、これまでの価値観や生き方を問い直し、本当に大切なものは何かを見極めるための貴重な時間と言えるでしょう。「できないこと」を嘆くのではなく、その中で「できること」の価値を再発見し、限られたリソースをどのように活かせば最も心が満たされるのかを考える思考実験です。それは、「少ないこと」の中にこそ、これまで気づかなかった新しい種類の豊かさが息づいていることを教えてくれます。
あなたにとっての新しい豊かさとは
人生が進むにつれて「できないこと」が増えることは、避けられない自然な変化の一部です。この変化を「貧しさ」と捉えるのか、それとも新しい種類の「豊かさ」を見出す機会と捉えるのかは、私たちの心の持ち方、価値観の置き方にかかっています。
あなたが今、「できないこと」と感じていることは何でしょうか。そして、その「できないこと」が増えたことで、逆に何が見えてきたでしょうか。何を大切にしようと思うようになったでしょうか。あるいは、誰かとの間に新しい繋がりは生まれなかったでしょうか。
「できないこと」のリストは、私たちに「何が失われたか」を示すものではありません。それはむしろ、私たちがこれからどのような「できること」や「大切なこと」に焦点を当て、どのような繋がりの中で生きていくかを示唆する羅針盤となるのかもしれません。新しい豊かさの基準は、きっとあなたの心の中に静かに芽生え始めていることでしょう。